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広島高等裁判所岡山支部 昭和29年(う)342号 判決 1954年11月25日

控訴人 被告人 石原勝

弁護人 前島四郎

検察官 志熊三郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審並に当審の訴訟費用中各二分の一を被告人の負担とする。

公訴事実中食糧管理法違反の点は無罪。

理由

控訴の趣意は記録に編綴してある弁護人前島四郎提出の控訴趣意書の通りであるから茲にこれを引用する。

論旨第一点について

所論の要旨は原判決は事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤つた違法がある。即ち原判決は判示第二の所為を独立の犯罪と認め、判示第一の罪と併合罪と認定処断しているけれども、被告人は原判示第一に記載の如く大崎駅構内で窃取した袋入粳玄米を窃取した場所から同一駅構内で十一米五十糎位の極めて短距離の間を運んだのにすぎない。被告人の主観から見れば窃盗の目的遂行中途の運搬であるから、いまだ独立した食糧管理法上の輸送違反と見るべきではなくして判示第一の窃盗の罪に包含されるべきものであるから之を独立の犯罪と認めて判示第一の窃盗の罪と併合罪として処断したのは違法であるというのである。

そこで之に対して検討を加えると主要食糧の公正にして適正な配給を確保するため、食糧管理法は法定の除外理由がない限り、米の移動を禁ずるわけであるから、窃盗の事後行為としての米の運搬といえども等しく食糧管理法違反の対象となるものであることはいうまでもない。

然し窃盗の事後行為としての米の輸送といい得るためには犯人が米の占有者の所持を侵奪して犯人の実力支配内に確保して後新たな決意にもとづくか、又は之と同視し得べき状況の下に米の輸送を開始した場合たることを要する。犯人が他人の米についてその所持を侵奪して自己の実力支配内に移したが尚之を確保する手段として所持の侵奪の所為即ち窃盗の所為に接着して之と密接不可分の関係にある米の運搬の如きは、いまだ新たな決意にもとづく輸送とは解せられない。食糧管理法上の輸送ありとはいえないものと解する。

本件に於ては被告人は原判示第一に記載の如く大崎駅構内に於て釡口巡査等の監守する原判示の米について、一応同人等の所持を侵奪して自己の実力支配内に移したのであるが直ちに発見されて追跡され同駅構内でしかも僅々十一米五十糎位の間を持ち運んだが遂に同所に放棄して逃走したというのであるから此の間の輸送は判示窃盗の所為に接着して之と密接不可分の関係にあつて窃取の後新たな決意にもとづいて米を輸送しつつあつたものとは解し難いから食糧管理法上の独立の輸送ありと解すべきではなくして判示第一の窃盗に包含され窃盗の一罪を構成するにすぎないものというべきである。

従つて原判決が之を独立の犯罪と認め、原判示第一の窃盗と併合罪と認定して処断したのは事実を誤認し法令の適用を誤つた違法を犯したので此の結果は判決に影響を及ぼすことが明かである。

此の点の論旨は理由があるから他の論旨に対する判断を加えるまでもなく、原判決は破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条に則つて原判決を破棄し同法第四百条但書に従つて当裁判所に於て更に判決する。

罪となるべき事実並にこれを認めた証拠は、判示第二の事実を削除した外原判決の通りであるから茲にこれを引用する。

法律に照すと被告人の判示の所為は刑法第二百三十五条に該当するから所定刑期の範囲内に於て被告人を懲役八月に処し、同法第二十五条に則つて本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

刑事訴訟法第百八十一条に則つて原審並に当審の訴訟費用中各二分の一を被告人の負担とする。

本件公訴事実第二は、法定の除外事由のないのに昭和二十八年九月十日午後八時四十分頃、勝田郡大崎村姫新線大崎駅構内に於て窃取した粳玄米二十九瓩を同駅構内十一米五十糎の間を不法に携帯輸送したものであるというにあるが既に判示した如く被告人の右所為は食糧管理法違反の罪を構成しないから、刑事訴訟法第三百三十六条に則つて無罪の云渡をすべきものとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 宮本誉志男 判事 浅野猛人 判事 則井登四郎)

弁護人前島四郎の控訴趣意

原判決は事実に対する判断を誤り法令適用に違背した不当がある。

第一点原判決は判示第一、第二の所為につき各々該当法条を適用し併合罪として処断された。しかし被告人の判示第一、第二所為につき判示自体及実況検分調書に照して検討して見るに各々独立した二個の犯罪が構成すると云ふことは甚だ疑はしい、常識的に判断しても粳玄米を駅構内ホームの或地点で窃取し同ホームの他の地点迄十米五十糎移動したことが不正輸送であるとは想像も出来ないことである。

被告人の主観的立場に於て見れば窃取の目的の遂行中途の瞬間的な行為であつて国鉄駅の管理者の管理区域内の極めて短距離の粳玄米の移動行為であつて此の行為を一個の独立した犯罪行為であると判断して事実を認定することは社会通念に反する。判示第二の被告人の所為は判示第一の窃盗に包含された所為で一罪として処断すべきが至当であると思料する。

第二点被告人の行為が刑式的に見て窃盗と不正輸送行為が各独立して構成するとしても被告人の場合は粳玄米の運搬は窃盗の手段又は結果たる行為であつて窃盗と牽連犯の関係にあるものである。その手段又結果の牽連関係の範囲如何の問題は、被告人が駅構内を脱出する直前即ち駅構内に於ける窃取の遂行行為迄を窃盗の牽連関係にあるものと思料する。従つて被告人に対しては刑法第五十四条第一項後段を適用し一罪として処断すべきである。

第三点原判決判示各被告人の所為が各々形式実質共に独立した犯罪を構成するとしても窃盗と盗品の運搬とは択一的な関係にあり窃盗罪として処断する場合は盗品の運搬は別個独立の犯罪として問擬すべきでなく窃盗の一罪として処断すべきが至当である。

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